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概要

chiisanamachi

97神様は1つの組に1社、分布している※6ことが判っている。組は日常生活におけるコミュニティの単位であり、屋根神様を祀る単位組織の母体として組が成り立っていた。別の言い方をすれば、屋根神様という共通の信仰対象が、日常生活の共有意識をもたらす媒介として存在していたといえる。屋根神様には、組ごとに毎月1日と15日に提灯を掲げ、組の人が当番を決めてはしごをかけてお供え物をする。また「四間道」の北部の地蔵堂、南部の浅間神社では、それぞれ8月22・23日、10月1・2日に祭礼※7が行なわれる。地蔵堂はT字の路地の奥にあり、子守地蔵尊として親しまれ、コミュニティの大きな核的存在になっている。「四間道」の路地空間は公共の場所でありながら、私的な住居と住居をヒュ-マンな尺度でつなぐ半公的・半私的な空間として感じられる。公と私(外と内)の融和が路地空間に存在している。この※6 『名古屋市史』によると、戦前、市内には1,000を超す屋根神様があった。それが1976年に244、92年に221と減り続け、現在は140ほどだという。うち西区では92年に104が、現在70に減っている。家の建て替えが減少の原因で、高齢化によるはしごの上り下りの大変さも、維持管理していく上で問題となっているようだ。※7 地蔵堂には「宝永七年」(1710)「円城童子」と刻銘のある地蔵尊が祀られている。戦前の子守地蔵尊の祭礼は、路地の南筋と四間道に露天商が並び、さらに近くにあった空地では芝居が催されるなど、町全体として活気のある祭りだった。戦争のため一時中止になったが、昭和45年(1970)の御堂の修復を契機として翌46年から復活した。浅間神社大祭は、神社の南筋に露天商が並ぶ。また「宿(やど)」と呼ばれる浅間神社の仮所が2~3の組、あるいは町内に1ヶ所設けられ、家の表に「宿」と書かれた提灯が掛けられ、祭り気分を盛り上げる。